スピリチュアルメッセージ from 寺尾夫美子

スピリチュアルヒーラー寺尾夫美子がお届けする導きからのメッセージ

覚醒を果たしたインドの過去世

「インドは、いよいよ人生を真剣に見つめる気持ちになったとき行くところだ」
と、デザイナー時代に聞いた。
それを語ったのは、同僚のデザイナーで、既にインドを訪れており、そこで人生が激変したと言っていた。
さて、私にもその時がやって来て、人生は既に大転換期を迎え、自分らしい生き方を邁進し始めていた時だった。
初めてのインドは、ワークショップを行っていた友人が企画したツアーで、 当時ヒーリングを一緒に学んでいた仲間の殆どが行くと言うので、何となくの軽い気持ちで行くことにしたのだった。
インドに行くと、何が起こるのか、さっぱり想像もつかないけれど、 マザー・テレササイババに会いに行くと言う行程が魅力で参加することに決めたのだった。
それは2週間もの長期旅行で、長く仕事を休むことにはかなりの不安があったが、大いなる決意をして出かけた。

ツアーは、のっけからアクシデントが起こった。
予定していた航空便が、前日になってフライト中止となったらしい。 早朝だった便が中止となり、夜の便に変更されていたが、 間際で連絡が行き渡らないからと、予定通りの早朝7時に集合してから初めて変更を聞かされたのだった。
貴重な休みを1日棒に振った・・・と、腹立たしそうに言う人もあったが、何故か私は心が静かで、そのアクシデントを楽しんでいた。
とは言え、まる一日を成田空港で過ごすとかなり疲れる。
無駄に歩き回り、昼寝も出来ず、ただ疲れるだけの1日を過ごしてしまった。
さて、夜になってようやく機上の人となり、到着するとインドは深夜。
そこからホテルに入るも、人数が多すぎて、チェックインしてカギをもらうまでに2時間以上ロビーで待たされた。
ようやく部屋に入ったのが、12時過ぎ。そこからシャワーを浴びて、ベッドに入ったのは、1時を回っていただろうか。
しかも、明朝はバスで移動するからと、3時半集合の5時出発と言う。
疲れすぎて眠れない。たったの2時間しか眠れないと言うのに、神経が高ぶって眠気も襲わない。
悶々と2時間をベッドの上で過ごし、3時にはやっと時間が過ぎてやれやれと言うような気分で起きた。
この日は、サイババのアシュラムに行く。
アシュラムでは、プンジャブスーツを着なければならないとのことで、ツアーのリーダーから服を選ぶように言われた。
総勢90人近い団体で、殆どが女性。
その女性達が、服の入っている段ボールに群がり、我先にと服を“奪い合っている”ように見えた。
そう見えたので、暫く寄りつかず、一段落するのを待った。
以前の私なら、奪い合いのメンバーに入っていたことだろうと思う。
そうやって競い合う世界を生きていたのだから仕方ないけれど、この頃は、もう、そんな生き方を止めた。
奪い合わなくても、自分に相応しいものは必ず手に入る。
そんな考えを生き始めていたものの、少し心配になる。
何も残っていなかったらどうしよう。そんな不安と闘いながら、それを手放す自分を静かに眺めていた。
人が引いた後で段ボールを見てみると、良さげな物はすっかりなく、地味で“可愛くない”ものばかりが残っていた。ちょっと残念。
しかし、じっくりと探ってみると、その中から何とか自分に似合いそうな色が出て来た。
あーやっぱり、これで良かった。
自分には必要な物が必ず与えられる。改めて実感した出来事だった。
睡眠不足で疲れ切った体でバスに乗り込むと、ドロドロだと思っていた肉体が、意外にも元気なのが感じられた。
空港に着き、そこから南インドまでフライトする。到着したところから、またバスに乗る。
サイババのアシュラムは、ブッタパルチと言うところにあり、空港からは数時間のところだが、サイババのアシュラムに入るまでには6〜7時間かかっただろうか。
バスの中で目を閉じると、インドの荒れた景色が、ずっと流れていた。
車窓から見た景色が、脳裏に焼き付いて、目を閉じていても浮かんでいるのだと思った。
さて、この目を閉じていても景色が見える状態が、この日から毎日続いた。
しかも、日を追う毎に、その景色は鮮明になり、まるで目を開けて見ているかのように見えるのだった。
毎晩毎晩、ベッドに入って目を閉じた途端、鮮明な景色が流れゆく。
その日の残像が、こんなに強く残るほど疲れていたのかと思うも、あっという間に眠りに就いていた。
2週間の旅の前半を終えて、後半にはネパールに入る。
ネパールはインドとは打って変わって、とても穏やかな心地良い波動の地だった。
旅の始まりからもの凄くハードな移動を強いられていただけに、ネパールの波動はありがたかった。
また、ネパールに入ってからの4日間は自由行動になっていたため、カトマンドゥの同じホテルに3日の連泊で、心にも体にも余裕が持てた。
そのせいだったのだろうか、旅の始まりからずっと見ていた景色に、ふと疑問を感じたのだった。
インドでは連日のバス移動が続いていたため、車窓からの景色が甦っても不思議ではない。
だけど、もう毎日静かな町歩きとなり、景色が焼き付くほどのことはない。
はて、一体私は何を見ているのか?
例によって、夜ベッドに入ると、また鮮明な景色が流れていく。
これは、何なのか? 
と、疑問を抱いた瞬間、私の視野に腕が伸びるのを見た。
それは、景色を見ている私の視点から伸び、目の前で合掌している女性の頭に置かれた。
女性はありがたそうに頭を垂れ、手は女性の頭から離れた。
次に、その女性の直ぐ隣に立っていた小さな少年の頭に、その手は置かれた。
どうやら人々にダルシャン(祝福)を与えているらしい。
その手は、年取った人の手で、色黒に日焼けして、シワがちな細い手だった。
その手が、景色を見ている私の体から伸びていることが直ぐに分かった。
どうやら、私はこの道を歩いている人で、この手は私の手。
そして、それは私の過去世が歩いた道なのだと、ようやく理解した。
急に涙が溢れ出て、その人生の全体像が漠然と感じ取れた。
男性であった過去世の私は、この国の宗教を学び、修行を繰り返し、そこそこの賢者になったようだった。
ひょっとすると、もう悟りを開き、聖者になっていたのかも知れない。
私が歩くことを知った町の人々が表に出て、私からダルシャンをもらうのを待っている。
聖者が来たと皆が喜び、生活の痛みを癒してもらうが為に頭を垂れていたのでしょう。
そう考えると、この一年前に私が覚醒を果たしていたことが理解できる。
既に今生で覚醒に至るまで心の成長が進んでいたからこそ、覚醒した過去世を思い出せたのだと思う。
今生での悟りまでの道のりは、そんなに過酷な修行を積んだわけでもない。
普通の女性の人生にしてみると、かなり怒濤の道のりであったようにも思えるけれど、このインドの僧侶の程ではない。
ただ、魂が一度到達したレベルには、次にはそこそこ清めれば甦る。
これがインドを歩いた過去世だと分かると、それが一回きりのことではないことも思い出せた。
ここに至るまで、何十回とインドに転生し、繰り返し繰り返し修行を積んで、ようやく辿り着いたのがこの聖者の道だったのだ。
インド中を歩き回り、歩いて歩いて修行を積んでいたことが感じられる。
この僧侶は、恐らくインドの転生の最後なのでしょう。
締めくくりの人生を見せられた、そして、その続きを、今私は生きなければならないときが来た。
この旅が終わると、人生の新たなページが開かれる。
「インドは、いよいよ人生を真剣に見つめる気持ちになったとき行くところだ」
と、旅に出る前に聞かされたその言葉の通り、私の人生はここからが真剣勝負となった。
あれ以来、生まれてきた目的を常に考える。
何を選択するにも、後悔のかけらも生じない程に、この人生のためになることを選ぶ。
何より、自分の真実を選ばないことは出来なくなった。
あのインドでの道の先を、今、歩いているのか。
合掌。





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